OLYMPUS OM-1

ほら。壊れたカメラでもこんな写真撮れるんですよ。
ほら。穴が開いたカメラでもこんな写真撮れるんですよ。
だからボクはこのカメラを捨てない。

ほら。壊れたボクでもこんな写真撮れるんですよ。
ほら。心に穴の開いたボクでもこんな写真が撮れるんですよ。
だからボクはこんなボクを捨てない。

自分が存在する意義や意味・・・。
探すの難しいなぁって思います。

確かに去年の今頃はボクも悩んでたなぁ。
「こんなことしてて何になるんだろう?」とか。
「こんなボクが生きてて何になるんだろう?」とか。


ボクがいなくなった方が二酸化炭素も排出しないし、地球のためになるんじゃないかなーとか思ってみたり。

その時、気づいたんですよ。
あ。じゃあ、こんなボクが生きてていいように「二酸化炭素削減できるように木を植えたり、森づくりの手伝いしてみよう。」って。
そしたらボクは生きてていいのかもしれないって。
ボクが吐き出す二酸化炭素。ボクが生きていく上で排出する二酸化炭素を自分でカーボンオフセットしちゃえば、最小限誰にも迷惑かけないんじゃないかなぁと。(笑

で、結局わかりました。
ボクは誰かから「評価されること」で「自分の存在価値」を確認してたんだって。
そして、評価されなくなって辛くなって「うつ病」になったんだって。

そりゃあ中途採用で入社してきた上司から「あんたがこの会社を立ち上げに参加して、今まで何して来たの?何か実績上げてたら私の耳にも入ってくるけど、一切入ってきてないわよ?社長もあんたの事何とも思ってないんじゃない?」ってクライアント先に向かう電車の中で言われりゃ、自分の存在価値もわからなくなりますよ。(笑


自分で自分の存在価値・存在意義を決めちゃえばいい。
「ボクは歩きタバコしない。」「ポイ捨てしない。」
それだけでも十分です。きっと。
歩きタバコしてる人やポイ捨てしてる人なんて沢山います。
その人達と比べたら(比べていいのかはわからないけど、敢えて比べます)、よっぽど自分の方が存在価値あります。


自分の存在価値を自分で探すのは難しい。
だったら自分のいいところを探してみませんか?
ボクはしばらくの間「オープンカフェ」でずーっとお茶しながら人間ウォッチングしてました。(笑
言い方は悪いけど、自分より「人間的に(モラル的に)劣っている」人を探して。
あー、この人よりボクは人間的に勝ってるわ。みたいな。

だから。
自分の個展のサイン帳に「Kill!うんこ」って落書きされた時に最高に幸せでしたよ。あー。こいつらよりよっぽどいい生き方してるわ。って。
今でもその人の監視カメラの写真は壁に貼ってありますもん。(笑


他人から認められようって生き方は難しいのかもしれません。
それは「依存」ですもん。
自分で自分の良い所を見つけて、存在価値・存在意義・存在理由にすればいいんじゃないかなぁって。
そんなに難しいことじゃないですよ。きっと。

自分でちゃんと呼吸してるできてるだけで幸せ。
きっとそんなもんな気がします。